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東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2580号 決定 1992年11月06日

主文

一  相手方らは、買受人が代金を納付するまでの間、

(1) 本件土地上において自ら又は第三者を使用して行つている本件建物の建築工事その他一切の工事を中止せよ。

(2) 本件土地上において、建物の建築工事その他一切の工事を自ら行い、又は第三者をして行わせてはならない。

(3) 本件土地及び本件建物につき、その占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

二  執行官は、本件土地及び本件建物につき、相手方らが第一項記載の命令を受けていることを公示しなければならない。

理由

一  当事者の地位等

申立人は、本件土地についての根抵当権者であり(平成二年八月二七日付けで登記されている)、その実行としての競売を平成三年一一月六日に申し立てた差押債権者である。競売開始決定及び差押登記は、同月八日になされた。

相手方株式会社丙川地所は、競売事件の債務者兼所有者である。

相手方丁原建設株式会社は、土木建築等を目的とする会社である。

二  申立の内容

申立人は、競売申立当時は更地であつた本件土地上に、相手方らが本件建物の建築を開始しており、これは「不動産の価格を著しく減少する行為」(民事執行法五五条一項)に当たると主張して、主文に記載のとおりの決定を求めた。

三  申立を認めた理由

本件申立を認めた理由は次のとおりである。

(1) 判断の前提とした事実

記録中の資料によれば、以下の事実を一応認めることができる。

<1>  根抵当権設定当時、本件土地上には丙川地所所有の旧建物が存在し、申立人のために、本件土地についてと同一内容の根抵当権が設定されていたが、当初から、これは取り壊してアパートを建築する計画であり、そのことは申立人も了解していたことであつて、根抵当権設定の約一か月後(平成二年九月二二日)には、計画通り取り壊された。ただし丙川地所は、根抵当権設定の際、本件土地上に建物を建築した場合は遅滞なく申立人のために第一順位の根抵当権の設定を行うことを確約する旨の念書を申立人に差し入れている

旧建物取壊の後、本件土地上に建物が建築されることはなく、競売申立の時点でも、本件土地は更地のままであつた。

<2>  ところが、差押後の平成四年六月ころ、丙川地所は丁原建設に請け負わせて、本件土地上に本件建物の建築を開始した。申立人従業員の観察によると、初めのうちは、工事職人は一人いるかいないかという程度であつたが、一〇月末日ころ以降は三人程度に増やされており、現在、完成間近の状態となつている。

<3>  申立人従業員の質問に対し、丙川地所は、建物完成後は丁原建設の名義で所有権保存登記を行うこと、本件建物に申立人のための担保権を設定する意思がないこと、工事を中止する意思がないこと、及び賃借人を募集する計画であること、を述べ、それ以上の詳細な説明を拒んでいる。ちなみに、本件土地に設定されている担保権は申立人の根抵当権のみであり、<1>記載の念書に従つて、本件建物につき、本件土地と同一内容の第一順位の根抵当権を申立人のために設定するについて、何ら障害はない。

<4>  申立人は丁原建設に対しても何度か面談の申入をしたが、一切応答がない。

<5>  当裁判所は、本件保全処分の申立を受け、相手方らを審尋することとし、平成四年一〇月二七日、その審尋期日を一一月一〇日と定めた。

ところが一一月二日、丙川地所から裁判所あてに電話連絡があり、その内容は、上記審尋期日には登記などの仕事があつて出頭できない、一一月二〇日であれば出頭できるが、それまでは出頭不可能である、弁護士を選任して一一月一〇日までに書面をもつて主張をする、とのことであつた。

また、丁原建設に対する呼出状は、宛所に尋ね当たらないとして、当裁判所あて返送された。

(2) 「不動産の価格を著しく減少する行為」の存在について

以上の事実によれば、相手方らは執行妨害を目的として、本件土地上に本件建物の建築を開始し、またその占有を他に移転しようとしているものと認めることができる。また丁原建設は、丙川地所の関与のもとに、執行妨害の目的でこのような行為をしているのであるから、丙川地所の占有補助者と認めてよい。

そして、更地であつた競売土地上に建物が建築されると、土地の価格は大きく下落する。なぜなら、その収去費用はいうまでもなく、その上、土地の買受人が地上建物の収去を求めるためには訴訟を要する(民事執行法八三条の引渡命令によつて地上建物を収去することはできない。)から、訴訟に要する時間や費用等の負担があり、またそのために買受希望者が減少して、競売の理念である自由競争が成立しなくなるなどの事情があるからである。さらに、建物の占有が賃貸借等によつて他に移転された場合には、その占有取得者をも訴訟の相手方とする必要が生じるため、問題は一層大きくなる。

ゆえに、相手方らの上記の行為は、「不動産の価格を著しく減少する行為」に当たるといつてよい。

(3) 執行官に対して公示を命じた点について

当裁判所は、このような公示を命じることは適法で、かつ必要なものと認める。その理由は次のとおりである。

民事保全法上の仮処分については、不作為を命じる仮処分とともにその公示を執行官に命じることは、法的には必要がなく、必要のないことを命じることは許されないと解されるのが通常であろう。

つまり、民事保全法上の仮処分において、公示を命じることは通常は許されないと解されているが、それは、法的には必要のないことだからにすぎない。逆にいえば、法的な必要性が認められれば、公示を命じることも許されるのである。

本件は、民事保全法上の仮処分ではなくて、民事執行法上の保全処分である。民事執行法上の売却のための保全処分においては、第三者に対してこれを発令することができるのは、法律の認める特定の場合に限られる。したがつて、競売物件の所有者に対する保全処分がなされた後に第三者がこれを占有などするに至つた場合、その第三者が保全処分の存在を知つていたか否かは、その第三者に対して保全処分を命じることができるか否かの判断においてきわめて重要な意味を有することになる。よつて、公示を命じる法的な必要性を認めるべきである。

(裁判官 村上正敏)

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